新着詳細

11/26 はやりもの

 客観的に見ていて、世間で異常に流行っていて不思議になる位のものがいくつかあるものですが、それに関して先日、興味を唆られる面白い記事を見つけました。

 宮武外骨(明治・大正にかけて活躍したジャーナリスト。「滑稽新聞」「スコブル」などでユーモアのある、縦読みやアスキーアートなど、現代に通じる手法を取り入れた記事を書く。反骨的な性格で、当時出来たばかりの明治政府を文筆で批判するだけではなく、私腹を肥やすマスコミにも片っ端から噛み付いていたことで有名)が、かつて江戸時代に流行った奇妙な絵を紹介しています。「悪病除けの人獣絵」という記事です。疫病が流行していた際に、薬売りが、この絵を描いて毎日見ていたらその病を逃れることが出来ると触れ回っていた、という話です。著作権の関係で私の似顔絵で恐縮ですが、ググればすぐ出て来ます。実に脱力系のいでたち。絵師はやる気があったのでしょうか。

11/26 はやりもの

 私はこの話を読んだ時に、あれどこかで聞いた話だなと思いました。名前は出しませんが、コロナが流行り始めた時に神だとか何とか言ってネット上で似たような絵がたくさん貼られていた記憶があります。

 宮武外骨の書いた記事をもっと読んでみると「サボルと銀ブラ」(何でも言葉を略したがる)「世界転覆奇談」(終末論)「エライ奴ちゃ」(渋谷でのハロウィンの馬鹿騒ぎ)「姓名判断」(血液型占いとか、何でも偏見で決める)「コックリ様」(ちょっと昔かな?)心当たりはまだまだあります。宮武外骨は百年以上前の人で、百年以上前のことを記事にしている筈ですが。現代の吾々に通じる部分が大いにあるのですね。いまはSNSを駆使して、何でも発信出来る時代になりました。時代を先取りした、最新鋭の自分をアピール出来、称賛を受けられます。運がよければ時の人にもなれるでしょう。ウン百年も前から、人々が同じことを繰り返していることなどは毫釐も頭にないけれども。もしくは、流行というものの価値をホントは無意味に思っていたとしても、盲目的に最新式を追及しなくてはならないのが、資本主義の怖さというやつなんでしょうかね。

 私には、これらの流行のコンテンツが濁流みたいに一瞬で、老若男女問わず吾々の日常生活に膾炙し馴染んでしまったさまを物凄く不気味に思った瞬間が3回あります。あるディズニー映画、あるスマホ決済、そしてある漫画。名前は出しませんが。

 こういう極端な流行は最早熱病に等しい。結局侵されるのが頭か身体かの違いしかなく、本質は変わらないからです。

 しかもタチが悪いのが、熱病はマスクやら消毒液やらで吾々は防禦の手段を取るけれども、流行にはその手段がない。何なら感染させようと率先して動く人間すらいる。私が例えその流行っている漫画が嫌いだったとしても、本屋やコンビニ、YouTubeなどの生活空間には広告があってイヤでも目に入るし、有名人は判で押したように取り上げる。勧められるだけならまだ愛が伝わるだけで、此方もちょっと食指が動くかもしれないけれども、下手したら知らないことを変人みたいな目で見る人間がいたりするから始末に負えない。ああ、流行ってるんだなーとわかる位なら別にいい。ただ私生活にまで介入しないで欲しいと思うだけなのだが、人間関係があるんでそうはいかないもんです。

 ただ、本当の被害者は、興味もない流行に巻き込まれる吾々ヘソ曲がりではなく、流行したそのもの(と作者)であると思います。私は、自分が大昔罹った病気を突然思い出して、その病気に対して今まで忘れていたことを申し訳なく思う人間になど出会ったことはありませんが、流行も同じ話で、かつて愛したものも思い返すことがなければ、道端の塵芥と同様です。自分が心血を注いで作った、子供に等しいものが、流行れば流行るほど、多くの人の心のゴミ箱に捨てられていく訳ですから、作者の悲痛さは想像を絶するものがあります。私が流行作家なら、流行が終熄した瞬間に、自分だけ世界から取り残された気がするんじゃないでしょうか。

 天邪鬼の私ですが、心のゴミ箱の中身を出来れば減らしたい訳です。流行は頭の中にありますが、マイブームというやつです。たまに一、二年前に好きだったものに今、再びハマったりします。こういうリバイバルヒットが起きると、そのコンテンツとの付き合いは恐らく一生、でなくても、数十年のあいだは好きでいるだろうとは思ったりしますが。たくさんの人に長い時間愛されるコンテンツには、それだけ本物の魅力があると言えます。

 周囲の熱狂に乗っかってものを賛美するのは勿論その人の自由ですが、優れているものの条件の一つには歴史があり、世代を超えて愛されることがあると私は思います。今現在、まわりの皆が支持しているから即ち優秀というのは自己より周囲が上に立ったまやかしで、本来の評価とはその場だけではなく、時や空間を超えて自分が客観的な視点で行うのが一番いいと思います。一歩、身を引いて、逃れ得ない流行の中に身を晒す自分を客観視してみたらいいかもしれません。

 全く関係ないですが、最近the Beach Boysを聴いたりするんですが、これはなかなかいいですよ。この人たちが活躍していた時代に一度だけ戻ってみたい(生まれてないけど)ものです。